黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
「遅かったな、オスカー」
黒髪の男の低く甘美な声が、フェリシティの鼓膜を震わせた。
頭の芯まで痺れてうまく言葉を理解できない。
オスカーと呼ばれた男は肩を竦め、黒い旗のようなマントを脱いだ。
暖炉の前から椅子を引きずってきて、ドサリと腰を下ろす。
「どうも心配ありがとう。ちょっとおもしろいことを聞いたから」
それでフェリシティは、彼らが馴染みのない言語をしゃべっているとわかった。
なんとなく意味を推し量ることはできるが、正確に理解するのは難しい。
ブロムダール城に連れ戻されたのではないことは知っている。
許婚の近衛兵がフェリシティを奪い返しにきたのだと思っていたけれど、違ったのだろうか。
フェリシティは突然、ここにいることが怖くなった。
オスカーがにっこりと笑い、身を乗り出してフェリシティを見上げる。
「痛いところはない? ミネットにきみみたいな可憐な女の子がいるとは知らなかった。捨てたもんじゃないな。おっと、ギル。そんな怖い顔するなよ。冗談だろ」
今度は早口で、ほとんど意味がとれなかった。
黒髪の騎士がフェリシティの細い肩を掴む。
フェリシティは身体をこわばらせた。
男が無造作に肩を押しやり、唸るように命令する。
「座ってくれ」
けれど、それはフェリシティの知っているミネットの言葉だった。
フェリシティが黙ったまま頷き、座り直すと、男は壁に背を預けて腕を組んだ。
「それで、なにがわかった」
これは北の大陸の共通語だった。
大抵の貴族は社交界でこの言葉をつかうし、フェリシティも学ぶことを許されている。