黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
ギルバートたちの横を通り過ぎるとき、フィリーが伏せていた目を上げた。
視線が強く絡み合う。
たったそれだけのことで、ギルバートの頭の中から理屈が弾け飛んだ。
ほかの男のものになるのを黙って見ていられるはずがない。
どんな危険と隣り合わせでも、フィリーはギルバートのそばにいるべきだった。
国も戦いもないところへ、フィリーを連れ去ることができるなら。
ふたりがすれ違うと、バチッと音がするほど火花が散った。
ギルバートは護衛に囲まれて離れていく背中を見つめる。
「どうもできないだろ。手放すよ」
オスカーがギョッとして目を剥いた。
「おいおい、正気か? 頭がおかしくなったんじゃないだろうな。惚れた女が冷酷無比なくそ野郎の花嫁になるんだぞ。このまま国へ返せば、今度は監禁だけじゃ済まなくなる」
ハーヴェイが困惑してギルバートを問い詰める。
「あの娘となにかあったな。お前、自分の顔を見たほうがいい」
ギルバートはひどい悪態を吐いた。
考えていることが顔に出るようになったとすれば、完璧に骨抜きにされたということだ。
「誰が惚れたって言ったよ」
見え透いた抵抗に、オスカーとハーヴェイが顔を見合わせる。
ギルバートは黒旗騎士団に背を向け、地獄の鎖を引きずりながら、ひとりで砦を出ていった。