黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
20.
足の先が凍りそうなほど冷たい。
満月に照らされた薄ら氷の廊下を、裸足になってひっそりと進んだ。
ブライン砦は夜も眠らず、国境に警告の光を灯す。
フィリーは呼吸を止めた。
シュミーズドレスの衣擦れが悪事を咎めるように響く。
廊下に連なる部屋は息を潜め、奥で軍の幹部たちが敵の気配をじっと探っている。
でも手遅れだ。
気がついたのは悪魔に魅入られた後だった。
音もなくドアが開き、部屋の中に引きずり込まれる。
ギルバートがフィリーを力いっぱい抱きしめた。
今夜すべてが終わる。
フィリーは目を閉じて、ギルバートの心臓の音を聞いた。
頬に押しつけられる硬い胸も、腰を引き寄せる筋肉質な腕も、手のひらに触れる広い背中も、身長の高いギルバートがフィリーを抱きしめるために屈むことも。
なにひとつ忘れたくない。
フィリーは身を捩ってギルバートの顔を見た。
片側を満月に照らさた、まるで彫刻のような陰影に、深い憎しみと痛みが宿っている。
「どうしてわかったの?」
フィリーの囁きに、ギルバートは怒った顔をした。
「きみが危険なことをするときはいつもわかる」
ふたりは七日も口をきかなかった。
王都からブラインへ向かう間、フィリーのそばにはいつも国王の近衛連隊がいて、身の回りの世話や話し相手はカミラが務めてくれたし、ミネットとの取引について聞きたいことがあればエルメーテが答えてくれた。
ギルバートは斥候に先駆け、フィリーは豪奢な馬車に乗る。
夜になれば王女には部屋が与えられ、黒旗騎士団は天幕を張った。