黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい





フィリーはオスカーに手を引かれ、国王軍が立つブライン砦の門をくぐった。
肌を刺す寒さと重たい灰色の空が肩の上にのしかかる。

周囲は息を潜めて王女を見つめ、足音さえ白い雪がのみ込んだ。
緊張が砦を覆っている。

天幕のそばにはミネット軍がもっとも恐れる、キール伯爵家の黒い旗が掲げられていた。

並んで立つ騎士たちの向こう側に、青いバラの紋章を刻んだミネット王家の豪奢な馬車が止まっている。
馬車のうしろでは、濃紺の軍服を着た兵士たちが王女の帰りを待ち構えていた。

胸に不安が押し寄せ、ひと晩かけて作り上げた覚悟を打ち壊していく。

フィリーは震える指先を握りしめた。
黒い外套をかき合わせ、ギルバートの気配を探す。

天幕の中から宰相エルメーテが現れ、続いて群青色の軍服を身にまとい、大綬に勲章を佩用したダークブロンドの男が姿を見せた。

ミネット王マルジオの子息、マリウス王太子だ。

くっきりした藍色の目、ツンと尖った高い鼻と、口角の上がった形のいい唇、荒々しい侵略者と支配者の品格を漂わせた美しい身なりで、両脇に近衛兵を従えている。

フィリーはためらうことなく雪の上に膝をつき、深く頭を下げて服従を示した。

マリウスこそ、フィリーを生かした男だから。
旧王家とともに滅ぼされるはずだった娘を婚約者とし、マルジオの利益になる生き方を教えた。

フィリーはマリウスと結婚するためにいる。

マリウスはエルメーテと別れの挨拶を交わし、フィリーの前に立った。

「待たせたな、フェリシティ」

フィリーはサッと立ち上がり、敵陣の中を颯爽と歩いていくマリウスを追いかける。
背後でオスカーが悔しそうに息をのんだ。

ギルバートはどこにもいない。

フィリーは目を伏せたまま、婚約者に伴われ、ミネットの馬車へ乗り込んだ。
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