黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい

22.

フィリーはずっと窓の外を眺めていた。
クリサンセマムの丘、騎士と出会った森、雪の降り積もる渓谷を越え、フリムランから遠ざかっていく。

「遅くなってすまなかった、襲撃は僕の責任だ。キール伯爵がきみを連れ去ったことはすぐに調べがついたんだが、陛下を説得するのに時間が必要だった」

揺れる馬車の中、斜め前に座ったマリウスが肩を竦めた。

「とんでもない男だ。フリムラン王が内通者を糾弾していなければ、もっと厄介な状況だった」

ミネット国内では、地獄の騎士が王子の婚約者を誘拐したことになっている。
ランピーニ侯爵の企みは揉み消されたも同然だろう。

マルジオは息子にどんな金貨でも得られない王者の血筋を与えるためにフィリーを生かし、旧派を黙らせるために利用したけれど、望みはただ国の頂点に立ち続けることだ。

べつの方法で栄華が保障されるなら、忌々しいミラベラ家の生き残りなどすぐに切り捨てる。

マリウスが腕を組んでフィリーを見つめた。

「敵国でひどい扱いを受けなかったか」

フィリーは首を振って答える。
十七年を城に閉じ込められるよりひどいこと、という意味なら。

「いいえ、殿下」

泣き叫びたいほどつらいのは、好きになった人が自分を忘れるように祈っているからだ。
膝の上で両手を握り合わせる。

マリウスは少し考え込んでから頷いた。

「王都へ戻ったら、なるべく早く結婚式を挙げなくてはならないだろうな。悠長にしていられなくなってきた」
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