黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
雪の降る窓枠の中にブロムダール城が映った。
潮が満ち、現実から取り残されて、海の上にひっそりと浮かんでいる。
馬車はプルガドール湖の縁に沿って進み、やがて国境に差しかかった。
突然、鬨の声が静寂を切り裂く。
隊列の半ばで騒ぎが起こり、御者が慌てて馬を止めた。
胸騒ぎがする。
フィリーは青ざめ、窓から顔を出して前方に目を凝らした。
兵士たちが混乱しているだけで、なにが起こっているのかわからない。
「何事だ」
マリウスが鋭く問うと、馬車の外から近衛師団長のロジャーが答えた。
「襲撃のようですが。五日前から森に部隊を潜ませています、軍の見張りを避けて敵襲など考えられません」
怒号が響き渡り、耳を塞ぎたくなるような叫び声も聞こえてきた。
騒ぎは徐々に馬車のほうへ近づいてくるが、攻撃を受けているのはその一点だけらしい。
フィリーは窓枠にしがみつき、必死に不安を押し込めようとした。
「落ち着くんだ、フェリシティ。僕のそばにいれば危険はない」
マリウスの慰めに、頭がおかしくなりそうなほどの焦りが湧く。
馬車の周りにざわめきが広がり、ロジャーがほっとした声で告げた。
「敵はひとりのようです、殿下。すぐに片づけます」
「ひとり? その割に手を焼いているようだな。何者だ」
マリウスが訝しげに眉を寄せる。
心臓が嫌な音を立てた。