黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
新たな戦争が始まるのだろうか。
城の外へ出たばかりに、フェリシティを庇ってくれたこの男たちを巻き込んで。
今すぐここを離れなくてはいけないような気がした。
黒いマントの騎士たちが核心に触れれば、たぶん取り返しのつかないことが起こる。
「そのペンダント」
慌てて立ち上がろうとするフェリシティを押し留め、黒髪の男が低く呟いた。
氷の目はフェリシティを捕らえて離さない。
「この国の娘なら珍しくもないが、ミネットの令嬢でその花を好む女はひとりしか思いつかない。しかも、裏側にはご丁寧に刻印まである」
フェリシティは息を飲んだ。
黒いベルベットのチョーカーを隠すように、両手を首にあてる。
小さなマーガレットのペンダントはミネット風の趣味でいえば地味で目立たないけれど、フェリシティには両親との唯一のつながりだった。
裏側には花と同じ母の名前が綴られている。
今ではミネット中の誰も、母の名を口にしない。
黒髪の男はきっと、確かめようとしていたのだ。
けれどオスカーの報告があった以上、その必要もなくなった。
「フェリシティ・ラシュ・ミラベラだな。ミネットの王女で、ブロムダール城に幽閉されていた、正統なる王家の血族の最後のひとり」
氷の目の騎士の声は静かで、確信に満ちていた。
「王太子との結婚のため宮殿へ向かうところを、ランピーニ卿の雇った刺客に襲われた。プルガドール湖のほとりで俺を見て手を伸ばしてきたのは、婚約者の近衛兵だと思ったからか」