黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
彼の推測はほんの少しだけ外れている。
フェリシティを襲った男たちは、もともと王女を宮殿まで送り届ける侍従に紛れ込んでいた。
それに、もしもこの黒髪の騎士が王太子の近衛兵ではないと知っていたとしても、フェリシティはきっと手を伸ばしたと思う。
でも、そうするべきではなかったのだ。
フェリシティはなんと答えたらいいのかわからなかった。
まつ毛を伏せ、微かに頷く。
氷の目の騎士がパッと身を翻した。
「王都へ向かう」
サイドテーブルに置かれた黒いマントを掴み、俯くフェリシティの横を通り過ぎる。
「その女から目を離すな」
「おいおい、お前はどこへ行くつもりだよ」
部屋を出ていこうとする男をオスカーが引き留める。
フェリシティは顔を上げ、背の高い騎士の後ろ姿を見つめた。
ドアノブに手をかけ振り返った男の眼差しが、凍てつく剣となってフェリシティを刺す。
「手筈を整える。出立は明日の朝だ」
男が背を向け、ドアが音を立てて閉まると、フェリシティは顔を覆って泣き出したい気持ちになった。
失望させてしまった。
フェリシティの人生で初めて、強く手を握り返してくれた人を。
オスカーが呆れたように肩を竦める。
「だいじょうぶ。きみを助けようと言ったのはあいつなんだ。ちゃんと婚約者のところへ戻れるように、この国の王に力添えをいただく」
オスカーには人を気楽にさせる魅力があって、それは動揺したフェリシティを慰めるのにも有効だった。
世話役のゾフィ以外と話をするのは何ヶ月ぶりになるだろう。
フェリシティはしばらくはにかんでからしゃべり始めた。