黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
「ここは、ミネットではないのですね」
フェリシティの声が小さかったので、オスカーは椅子を引っ張って近づいた。
「そうだよ。きみがいた城の下にあるプルガドール湖を挟んで国境を接する、フリムランという国だ。俺はオスカー。さっきのツノが生えたいい男はギルバート。俺たち黒旗騎士団を率いる団長だ」
波の上にある城を一歩も出たことがなかったフェリシティでも、地図と歴史は知っている。
フリムラン王国は、ミネットと三百年以上戦争を続けてきた敵国だ。
もっと正確には、ミネットが繰り返し侵略を重ねてきた隣国だった。
ミネットはフリムラン人を粗野で無骨と見下し、フリムランはミネット人を高慢で非道と恨んでいる。
「……ギルバート」
オスカーがニヤリと笑って琥珀色の目を細めた。
椅子の背に身体を預け、くつろいだ様子で会話を続ける。
「黒旗騎士団はもともと、キール伯爵家の領地を守る私設軍だったんだ。ギルバートが爵位を受け継いだあと、陛下の勅令で前線と一部の国王軍の指揮を任されることになった。十年前のプルガドール湖の戦いを知ってる?」
時折、ブロムダール城の対岸にある伯爵邸に兵士たちが詰めかけ、戦いに赴いていることには気づいていた。
けれど、どの戦いがそれに該当するかはわからなかったので、フェリシティは黙って首を振った。