黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
「陛下、フェリシティにいったいなにを……」
王を問いただそうとするマリウスの肩を、ギルバートが掴んで引き留めた。
静かに窓辺へ詰め寄る。
ずっとこのときを待っていた。
一歩踏み出しさえすれば、ギルバートの剣は今や、ミネット王の心臓を貫くだろう。
だけど、まだ間に合うのなら。
フィリーが待っていてくれるのなら、この剣を捨ててもいい。
マルジオが振り返り、背後に立った衛兵に顔をしかめた。
窓から差し込む赤い夕日が、制帽を目深にしたギルバートの顔に濃い影を作る。
「二秒くれてやる。彼女はどこだ」
ギルバートは低く囁いた。
マルジオが冷ややかに目を細める。
「なんの真似だ」
マルジオはギルバートの慈悲を無駄にしたらしい。
時間切れだ。
ギルバートは手のひらを握り、すばやくマルジオの顎を砕いた。
殴り飛ばされたマルジオが壁に激しく身体を打ちつけ、床に倒れ込んで痛みにのたうつ。
ギルバートは制帽を脱ぎ捨て、ミネット王に背を向けた。
「悪いがとどめを刺してやる暇はない。惚れた女を待たせてるんだ」
切り取られたような沈黙の後、ミネット軍と近衛師団が大声を上げて揉み合いを始めた。
騒ぎに乗じて、囚われていた使用人たちが抵抗を見せる。
ギルバートは混乱に紛れて部屋を抜け、階段を駆け下りて、仲間の待つ庭園へ飛び込んだ。
黒旗騎士団のマントを受け取り、黒馬に跨る。
「行くぞ、フィル。あの城から王女を盗む」
右の踵で合図を送ると、マック・アン・フィルはブロムダール城に向かって勢いよく走り出した。