黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
4.
ギルバートはマック・アン・フィルの首を撫で、今朝の機嫌をうかがった。
王都ルハルドまではそう長い道のりではない。
青い空に薄っすらと雲が浮かび、風は澄みきった初冬の香りがする。
けれど敵国の王女を連れていくからには、慎重に進むことになるだろう。
フィルには少し退屈かもしれなかった。
ギルバートは馬に鞍を取りつけ、ハミを噛ませ、ふとうしろを振り返る。
参謀のハーヴェイが厩へ向かって歩いてくるところだった。
ハーヴェイは錆色の髪に四角い顎をした大柄な男で、ナバ遊学時代からの友人のひとりだ。
黒旗騎士団がまだキール伯爵家の私設軍に過ぎなかった頃、仄暗い復讐に取り憑かれたギルバートの代わりに議会へ出向き、正義の名の下に国王の後援を受けられるよう働きかけてくれた。
厩の柵を開け、ギルバートが待ち構えていたとわかると、ハーヴェイは呆れたように眉を上げる。
「足音が聞こえたか?」
ギルバートは肩を竦めた。
戦場を離れても、研ぎ澄まされた緊張はいつもギルバートにつきまとった。
警戒を促し、なにひとつ見落とすなと命令する。
「悪いな、ハーヴェイ。砦のことはしばらく任せる」
「どうせ近々王都へ戻る予定だっただろ。陛下は凱旋を望んでいらっしゃる。それより、本当にだいじょうぶなのか」
ハーヴェイは顔を顰めた。
「お前とオスカーが助けてやった女のことを、ミネットが誘拐だと騒いだら……」
ギルバートが首を振って遮る。
「あれは俺が町の巡警で見かけた女だ。気に入ったから連れていくことにした。飽きたら家に帰す」
それが嘘だとすぐにわかるのはオスカーとハーヴェイだけだ。
ギルバートが女の相手をしなくなったのを知る者でなければ、怪しむこともない。
ハーヴェイは険しい顔でため息を吐いた。