黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
「困ったらすぐに呼んでくれ。それが言いたかった。お前たちが罰を受けるようなことにはなってほしくないんだ」
ギルバートが口の端を微かに持ち上げる。
「わかっている」
ギルバートとハーヴェイが馬を連れて砦の門へ向かうと、白い朝の日差しの中、正面玄関の階段を下りる人影が見えた。
オスカーが騎士らしく、王女の手を引いている。
ハーヴェイは唸るように呟いた。
「あのお調子者は美人なら誰でも好きになる」
ギルバートの見立ては悪くなかったようだ。
上品なシルエットの黒いドレスは、胸を持ち上げたり腰を絞ったりしなくても、ほっそりとした華奢な女によく似合っている。
王女はオスカーに恭しく傅かれ、緊張したように肩をこわばらせていた。
小さな手が風に揺れるスカートをぎゅっと握る。
出発に備えて門に集まった男たちが注目を寄せていることに気づくと、女は慌ててオスカーのうしろに引っ込んだ。
慎ましい娘だと男たちが笑う。
冬の日差しにさえ透けてしまいそうな、薄ら氷に似た女だ。
ハーヴェイが暗い声で囁いた。
「忘れるな、ギルバート。俺たちはミネット人がこの地を踏むことを二度と許さない。国の英雄がそれを認めたとわかれば、お前を糾弾する者もいるはずだ。くれぐれも気をつけてくれよ」
王女はオスカーの背中に隠れたまま、帽子の下から遠慮がちにあたりを見回した。
ふと、翠色の目がギルバートを見つける。
あの娘の正体が知られたとき、穏やかに笑う男たちのうちいったい何人が、王女に剣を向けることになるだろう。