黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
女は溌剌とした花のように美しく、注目を浴びながら微笑んでいる。
日の光を浴びて輝く艶やかなブルネットが眩しかった。
オスカーがおもしろがって囁く。
「あれは宿屋の娘のコルネリアだよ。がんばってギルを誘惑している」
コルネリアがギルバートの胸に頬を寄せると、広場はいっそう盛り上がった。
フィリーは目を丸くする。
ギルバートは歓声が小さくなるのを待って、背中に巻きつく腕を外した。
恰幅のいい女性が追いかけてきて、コルネリアの首根っこを捕まえる。
「こら! そんなふうに馴れ馴れしくしてはいけないと、何度言ったらわかるんだい。閣下のお慈悲がなければあんたはとっくに打ち首だよ!」
「ママ、ギルバートは私に乱暴なことをしないの。いつでもそうよ」
「いつでもあしらわれてるんだよ!」
むくれるコルネリアを叱りつけ、ギルバートに頭を下げる。
「申し訳ございません、キール伯爵閣下。娘の無礼をどうかお許しください。我々に自由を与えてくださった貴方様を慕うばかりに、どれほど尊いお方か理解していないのです」
ギルバートが頷く。
「久しぶりだな。今晩も宿を借りたい」
「もちろんでございます。閣下にはいつもの小部屋をご用意いたします」
ギルバートは首を振り、ちらりとフィリーを見て答えた。
「いや、あの個室は彼女に。俺は広間で構わない」
突然、人々の注目がフィリーに集まった。
みんながたった今気づいたように、フィリーを興味深くじっと見ている。
コルネリアと違って、まだたくさんの人に囲まれることに慣れないフィリーは、ついびっくりしてオスカーの背に隠れてしまう。
宿屋の女主人はオスカーとフィリーを見比べて呟いた。
「あら、まあ。こちらのお嬢様は、ギャロワ卿の、その」
黒旗騎士団が女を連れていることは初めてだったので、つい好奇心に負けたらしい。
「お知り合いですか」
ギルバートがぎゅっと口を引き結ぶ。
オスカーは声を上げて笑い、愉快そうに片目をつぶった。
「残念ながら、俺じゃない。彼女はギルバートの連れなのさ」