黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい





天井から月の光が零れ落ちてくる。

ベッドの上でまどろんでいたフィリーは、階下の喧騒に目を覚ました。
広間でエールを飲み交わす騎士たちの陽気な笑い声が、二階の小さな角部屋まで響いてくる。

フィリーはむくりと身体を起こした。

窓の外はすっかり夜のさなかにある。
星の降る静かな町に、ミネットが奪った幸せの輪郭が浮かんでいた。

フィリーの腕の中で、ギルバートが選んでくれた黒いドレスが丸まっている。
清潔な水で顔を洗い、服を脱いだところで力尽きたらしかった。

「し、シワになっちゃう」

フィリーは慌ててくしゃくしゃになったドレスを伸ばした。
訳もないのに涙が溢れてくる。

ブロムダール城にいた頃、身の回りのことはなるべくひとりでこなせるように努力したし、婚約者の言いつけを守り、王女として最低限の教育も受けてきた。

だけど城の外に出てみると、フィリーの知らないことがたくさんあった。
ミネットが踏みにじった美しいものを知らなかったし、傷ついた人にかけるべき言葉を知らなかったし、自分を蹂躙しようとするものに立ち向かう方法を知らなかった。

そんなフィリーを守ってくれたギルバートにも、お礼さえちゃんと言えないままだ。

フィリーはなにもできないことが恥ずかしくなった。
ポロポロと涙を流し、濡れた頬を拭う。

気が済むまでひとしきり泣いてから、小さく鼻を啜った。

「もうひとりきりではいられないんだわ」

ここでは波の音も聞こえない。
夢の騎士は待てないのだから、自分で城を出ていかなくては。
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