黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
フィリーは立ち上がり、薄いシュミーズの上にショールをはおった。
これは言い訳になるけれど、ギルバートにはくつろいでいるときがない。
いつも警戒し、周囲に危険がないか目を配っている。
フィリーがそばに行こうとすればすぐに咎められてしまうような気がして、近づく勇気さえもてなかった。
でも、国境の砦を離れ、仲間と酒を楽しむ今なら、ちょっとくらい気楽にしているだろうか。
フィリーは胸の前でショールをぎゅっと握った。
「こういうとき、なんと言ったらいいのかしら」
部屋の中を歩き回り、頭を悩ませる。
なにしろ、誰かに自分の気持ちを伝えようとしたことがない。
大切なのはいつも黙っていることだった。
ふと、部屋の外から微かな囁き声が聞こえてくることに気がついた。
ハッとして息を止める。
「ねえ、あなたも時々は肩の力を抜くべきだわ」
コルネリアだ。
彼女の艶やかなブルネットと、ギルバートの胸に添えられた細い指が脳裏に浮かぶ。
フィリーは足音を立てないように気をつけて、戸口に近づいた。
コルネリアはそこでなにをしているのだろう。
「女のベッドでまどろんだって、誰もあなたを責めないのよ、ギルバート」
フィリーは思わず耳をそばだてていた。
ギルバートが外にいる。
敵国の王女を監視しているのだ。
コルネリアと一緒に?
「いい加減にしろ。女の相手をするつもりはない」
ギルバートが低く囁き返す。
コルネリアは楽しそうに笑った。
熱くくぐもった甘美な交歓が、夜の中で漂っている。