黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
フィリーは目を丸くした。
胸にキルトを抱えたまま、泣き腫らした瞼を拭う。
ギルバートはその隙にドアの前に腰を下ろし、短剣を手元に置くと、腕を組んで目を閉じた。
「あ、あの……だけど」
戸惑うフィリーを放って、強引に寝息をたて始める。
そこで敵国の王女を見張るつもりらしい。
目を離すことができないからだ。
フィリーは途方に暮れ、部屋の真ん中にポツンと立ち尽くした。
冷たい床に座って目をつぶるだけで、ギルバートの疲れは癒されるのだろうか。
もしもフィリーがいなければ、今頃コルネリアのあたたかいベッドで安らいでいたのかもしれない。
フィリーは唇を噛み、衝動に任せてコルネリアの誘いを遮ってしまったことを恥じた。
ゆっくりとドアへ近づく。
目の前に跪いても、ギルバートは頑なに瞼を上げなかった。
規則正しい呼吸を繰り返し、ほんのわずかな反応も見せない。
フィリーはギルバートの広い肩をキルトでそっと包んだ。
「あなたは私を助けたことを後悔しているでしょうね」
ミネットの娘というだけでなく、呪われた王家の血族だ。
きっと監視することすら苦痛なほど、フィリーのことを憎んでいる。
それでもこの夜は、フィリーには望むこともできないはずの自由だった。
ただ王太子に嫁ぐために、生きることを許されてきたのに。
黒いマントを翻し、湖のほとりに現れた地獄の騎士が、すべてを違えてしまった。
「ありがとう。私を見つけてくれて」
フィリーは小さく呟いて立ち上がり、シーツの上で丸くなって目を閉じた。