黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
2.
「泡沫の王女を盗む?」
ギルバートは眉を寄せた。
マック・アン・フィルが主人に倣って鼻を鳴らし、前脚で波を蹴る。
ギルバートが首を撫でても、馬は喉の奥で唸るのをやめなかった。
どうやら機嫌が優れないらしい。
「支配された町を解放し、砦を取り返し、ついに国から侵略者を追い出した。あと俺たち黒旗騎士団が成し遂げていないことはなんだ?」
オスカーが黒いマントの下から単眼鏡を取り出し、広い水平線に浮かぶ城に照準を合わせた。
「塔の上に閉じ込められた乙女を救うことくらいさ」
澄んだ冬の空の下、日の光を浴びて汀のスイセンが風に揺れる。
対岸の敵国ミネットとの国境にあるプルガドール湖を、団員は煉獄の海と呼んだ。
幾度となく戦場となった湖に、多くの戦士が沈んでいる。
「あそこにいるのはミネットの王女だ」
ギルバートは低く呟き、オスカーの肩越しに城を眺めた。
よく晴れた入り江の向こう側、ミネット領の岸辺の波の上にあるブロムダール城には、王女が幽閉されているらしい。
陸と小島を行き来できるのは、身元を調べ尽くされた数人の世話役だけ。
王女はあの石橋を渡ったこともないのだろう。
いかにも卑劣なミネット野郎のやりそうなことだとは思う。
「でも、北の大陸一番の美人かもしれない」
オスカーが琥珀色の目をいたずらっぽく細める。
この男の気軽な冗談を楽しまない娘はいない。
たとえ、敵国の王女でも。
ギルバートは肩を竦めた。