黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
6.
ベッドの上で目覚めた。
微かなベルガモットの香りと、やわらかなキルトに包まれている。
フィリーはパッと身体を起こした。
ギルバートはいない。
窓から差し込む光の粒に目を細め、ベッドを抜け出す。
敵国の騎士が選んだドレスを身につけ、長い亜麻色の髪を整えた。
埃っぽく、ところどころ絡まっていて、手櫛で梳くにも苦労する。
なんとか簡単なシニヨンに結わえた頃、部屋のドアがノックされた。
きっとオスカーだ。
「はい、今行きます」
フィリーはシーツをピンと伸ばしてベッドメイクを仕上げ、帽子と手袋を手にとってからドアを開けた。
「えっ」
廊下に立っていたのはギルバートだった。
フィリーの動揺が気に入らないのか、不機嫌そうに口を引き結んでいる。
青い目の下には暗い影が潜んでいた。
小鳥の囀る眩しい朝にも、この男は鋭い緊張と黒い衣装を身にまとっているものらしい。
フィリーは慌てて膝を折った。
「おはようございます」
顔を上げると、ギルバートが手にしていたベルベットのマントでフィリーの身体を覆う。
黒い厚手のマントはギルバートのような長身の男に誂えたらしく、フィリーのくるぶしまですっぽりと隠れてしまった。
ほのかなベルガモットが香る。
ギルバートがフィリーの腕の中から帽子を取り上げ、小さな頭に深く被せた。
「この先は風が冷たくなる」
低く呟き、すぐに踵を返す。