黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
フィリーは両手で帽子のツバをギュッと握り、まつげの下からギルバートを見つめた。
地獄の淵に立つ男の、氷に覆われた冷ややかな背中を、足をもつれさせながら追いかける。
「あ、あの、ありがとうございます」
ギルバートは振り向かず、大股で廊下を進みながら、ただ小さく頷いた。
英雄を見送ろうと、町中の人々が石畳の広場に集まっている。
フィリーは人混みに埋もれないよう、一生懸命にギルバートの後を追った。
ギルバートが一歩進むたび、別れのあいさつを携えて五人が駆け寄ってくる。
二歩目には十人だ。
前を歩く背中にぴったりとしがみついていないと、勢いに押し流されてしまいそうだった。
壮行の波に飲まれ、広場の出口までたどり着く頃には、フィリーは半ばギルバートに腕を引きずられていた。
獅子の紋章を掲げ、出立の準備を進める騎士たちがみんな、すれ違うたびに目を丸くしている。
誰よりも驚いていたのはオスカーだった。
フィリーはオスカーと栗毛を見つけると、ホッとして駆け寄った。
隣にはギルバートの黒馬もいる。
「おはようございます」
オスカーが鞍を脇に抱えて固まる。
「ああ、フィリー。きみってすごい女の子かもしれない」
すぐ横を通った赤毛の騎士がいたずらっぽく片目をつぶった。
「おはよう、フィリー。団長のマントがよく似合うな」
騎士たちが高らかな笑い声を上げる。