黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
肩に伝わる鼓動とウエストを通る腕の強さが、フィリーの曖昧な記憶を呼び覚ます。
今朝、フィリーがベッドの上にいたのは、ギルバートがそうさせたからだ。
いつものようにベッドから落ちそうになったフィリーを受け止め、しっかりとキルトに包んでくれた。
ギルバートはそのことを揶揄している。
フィリーの頬はすぐに火照った。
「癖なの。いつも、夢の中では竜の背に乗っているから」
ギルバートがフィリーの腰を掴んで位置を調整し、硬い胸に重心を預けさせると、幾分か乗り心地が安定する。
「怪我をしなかったのは奇跡だな」
抑揚の少ない低い声が肺腑にこだまし、肌を震わせた。
ギルバートはまたフィリーをからかっている。
夢で竜に乗っても、寝ぼけてベッドから落ちても、怪我をしていないのは運がよかったからだと。
フィリーはこっそり唇を尖らせた。
夢の中で、フィリーは伝説の火竜の背に乗り、青い空を駆け回っていた。
不可能なことはなにもなかったし、自由だった。
だけど本当は、城の外へ出てみると、フィリーにはできないことやわからないことばかりだ。
ミネットから離れてさえ、どこへ行くことも叶わない。
乗馬だって下手だった。
火竜のフィルが恋しい。