黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
「この立派な馬には、あなたがフィルと名付けたのですか」
ギルバートがふくらはぎで合図をすると、馬のフィルはすぐに反応して歩き出す。
「ナバの宰相だ。マック・アン・フィルという」
「まあ!」
フィリーは思わず振り返った。
ギルバートが訝しげに片方の眉を上げる。
それならマック・アン・フィルはまさしく、ナバ王国の伝説の火竜の名をもらったのだ。
ギルバートはナバの火竜の騎士伝説を知らないのだろうか。
国を守り、人々を救い、泉下の淵からも蘇る、ナバ王国でもっとも偉大な騎士の英雄譚だ。
ナバの宰相がどんな願いを込めて、馬に火竜の名を贈ったか。
ギルバートが遊学先の王立騎士団でどれほど慕われていたのか、伝説を愛するフィリーにはわかる。
当の本人は理解していないらしいけれど。
フィリーは黒い馬のフィルのたてがみを指先でそっと撫でる。
小さなため息を吐き、夢の騎士の腕の中に身体を預けた。
もう聞こえない波の音を数え、目を閉じる。
つまり、夢は叶ったということだ。