黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
向かい合って腰を下ろせば膝が触れそうなほど狭い小舟だ。
困ったことに、フィリーはギルバートの脚の間にいた。
ギルバートには長い脚をたたむという発想がないらしく、フィリーを跨ぐように広げている。
そのせいで、小さくなって膝を抱えるフィリーが時折波に揺られると、ギルバートの腿の内側にしがみつかなくてはならなかった。
運河が左手に折れ、目抜き通りから遠ざかっていく。
しばらくすると強固な石の壁に突き当たった。
壁に沿って緩くカーブする環状水路をひっそりと進む。
この壁の向こうには、舟では入れないようだ。
もっとも、要人専用の秘密の通路があったとして、敵国の王女をそこへ連れて行くとは思えなかった。
小舟はやがて内城門前の広場へ着いた。
口止め料として漕ぎ手に三倍の銀貨を渡し、ギルバートが船着場へ降りる。
苦労して立ち上がるフィリーに手を伸ばした。
「気分は?」
賊に追われ敵国へ渡り、七日間の長旅に乗馬と乗船、さらに国王との謁見となれば、今すぐ倒れてしまいたいほど疲れている。
フィリーが手を重ねると、ギルバートは強い力で引き上げた。
「悪くないわ。人生の中では」
それが精いっぱいの虚勢で、触れた指先が震えていたとしても、ギルバートは気づいていないふりをした。
程なくして、広場に歓声が広がる。
黒旗騎士団が到着したらしい。