黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
「我々は良い関係を築いていけるはずだった。私がまだ王子だった頃、停戦協定が準備されていたのですよ」
父王ルドルフ・ラシュ・ミラベラが暗殺されたのは、フィリーが生まれる三ヶ月前のことだった。
庶子だった異母兄のマルジオに王冠と王笏が渡り、たった一夜のうちに新王が即位することで、混乱の危機を救ったのだという。
誕生前のフェリシティに王位を継承することは不可能だったが、嫡子だけを王と認めてきたミネットでは反対派も多く残った。
そして、親族と忠臣たちの粛清が始まった。
マーガレットは決死の覚悟で故郷ブロムダールへ逃れ、フェリシティを産んだあと、力尽きたように亡くなったと聞いている。
伯母にあたるブロムダール女伯ヴァイオレットは、妹とその娘の居場所を密告することで最悪の処罰を免れた。
もはや正統なる王家の血筋はフェリシティの身体にしか残されていない。
王太子と結婚してマルジオの義理娘となり、王位を確かなものにすることだけが、フェリシティが生きることを許された理由だった。
フェリシティの血筋は王太子マリウスのものだ。
旧王家ミラベラ派と接触することはもちろん、ほかの誰かと生きることさえ叶わない。
もしもフェリシティを守ってくれる人がいるとすれば、マリウス以外にはありえなかった。
「我々はあなたのご両親へ敬意を払い、ミネットの王女を丁重に扱います。必ず婚約者のもとへ送り届けると約束しましょう。如何かな」
フィリーは唇を固く引き結んで頷いた。