黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
それ以上はなにも望んでいない。
フィリーが出会ってはいけなかった人たちを、せめて呪われた王家の血族から遠ざけたい。
「ありがとうございます」
リチャードが指先で肘掛を叩きながら、ふと戸口に立つギルバートへ目を向けた。
「しかし、王女殿下がこの国にいることは決して誰にも知られてはなりません。残念ながら、あなたに危害を加えようとする者が現れるはずです。それも数人では済まない。ここへ来るまでは、ブラインの町娘だと偽っていたのだったな」
フィリーは思わずうしろを振り返っていた。
ギルバートが頷く。
「はい、陛下」
「提案したのはオスカーだろうな。おもしろい冗談だ、私は気に入っている。きみが惚れた女性を屋敷に招いて大切にもてなすといい。ルハルドはフィリーを歓迎する」
フィリーは慌てて首を振った。
「いいえ、陛下! 私は……」
フリムランにいることを知られてはいけないのなら、どこかに閉じ込められて誰にも会わなくたって構わない。
今までとなにも変わらないのだから。
「王女殿下、我々はミネットがしたようにあなたを監禁したくはないのです。それに身分を隠すとはいえ、護衛は必要でしょう。キール伯爵家の客人を害する者はいない。領主が国中で一番恐ろしい男なのでね。ギャロワ卿、彼女に城内を案内して差し上げてくれ」
「承知しました」
オスカーが進み出て、困惑するフィリーの手をとった。
リチャードが立ち上がり、にこやかな顔で退出を促している。
これ以上ギルバートを失望させたくない。
フィリーは彼が拒絶してくれることを願ったが、ギルバートは黙ったまま、ついにフィリーに目を向けることさえしなかった。