黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
エルメーテが肩を竦める。
「しかも、王女暗殺を目論んでいるのはランピーニ侯爵だそうではないですか。今や国王の忠臣、随一の過激派です。計画を王に知られたくないのだとすれば、必ず追手をかけてきます。王女をナバへ引き渡し、仲介を頼むべきです。ミネットも大国ナバを敵に回すことはできません」
リチャードが腰のうしろで両手を組み、指先で手の甲を叩く。
「もう少しよく考えるんだ、エルメーテ。案外、あの娘に執着しているのは王太子のほうかもしれない。年に一度会っていたようだし、王女も婚約者との再会を望んでいる。娘をナバへ渡せば、王太子の弱点をみすみす手放すことになるぞ」
ギルバートは口を真一文字に引き結んだ。
それは気に喰わないことのひとつだ。
フィリーの口ぶりからして、彼女は婚約者のことをそう悪く思っていないのではないだろうか。
ミネットの王子はすべからくくそ野郎だ。
実際、血筋のために女を十七年間も監禁するなど正気の沙汰ではない。
けれどフィリーの望みはギルバートの手を離れ、その男のもとへ帰ることらしい。
あの娘には世間知らずなところがある。
リチャードが振り返り、灰褐色の目でギルバートの顔をじっと見た。
「ランピーニ侯爵といえば、長い間ご苦労だったな。十年前、プルガドール湖での我が国の大敗によってあの男がブライン砦を落としたときから、我々の闘いは始まった」
ギルバートは小さく頷いた。
これは愉快なことのひとつだ。
図らずして、ランピーニ侯爵の重大な計画を潰したことになる。
リチャードが部屋の中をゆっくりと歩き、ギルバートの真横を通り過ぎた。
「その砦を取り戻したにしては、浮かない顔をしているが」
口調に警告が滲んでいる。
ギルバートは黙ったまま前を向いていた。