黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
「九年前のことを今でも覚えている。ハーヴェイがキール伯爵家に援軍を寄越せとうるさくてな。もっとも、そういった要求は各所から届いていた。だがあいつは特別にしつこかったんだ、それで仕方なく耳を貸すことにした。驚いたよ。プルガドール湖の戦いは、やんちゃで向こう見ずな少年だったきみを、悪魔と契約を交わした執行人へと変えていた」
父王の崩御を受けてリチャードが即位した九年前、一部をミネットに実効支配された国内は混乱の最中にあった。
国王軍は疲弊し、内通者の処罰と人手不足に悩まされ、議会はいつも紛糾した。
そんな折、復讐の呪いに取り憑かれ氷の目をしたギルバートが、ハーヴェイに連れられて王都に現れた。
「この男なら国から侵略者を追い出すまで決して倒れないと、ひと目で確信したよ。完璧な利害の一致だった」
以来、国は公にキール伯爵家の黒旗騎士団を支援してきた。
資金と援軍を送り、報復を望むギルバートに正義の名目を与えている。
「そして今、私の目的は達成された」
リチャードがギルバートの周囲をぐるりと一周し、目の前に戻ってきた。
頑なに顔色を変えないギルバートをまっすぐに見る。
「だが、きみはまだ満たされていない。王を殺せば満足か? ミネット人を根絶やしにするか? これは命令だ、ギルバート。その先に足を踏み入れてはいけない」
これ以上は侵略になる。
ギルバートも理解していた。
けれど、悪魔が手を放さないのだ。
地獄の鎖につながれている。
ミネット王をこの手で殺すまで、ギルバートが復讐から解放されることはない。