黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
隣で腹這いになるオスカーが声を潜めて呟いた。
「ミネットの令嬢だな。フリムランの女はあんな胸の開いた服を着ない」
レースや宝石で贅沢に飾る驕り高ぶったドレスは、たしかにミネットの流行だ。
あの娘には似合っていない。
ギルバートは木漏れ日に目を細め、女を見つめた。
脂下がる男が亜麻色の髪を鷲掴み、彼女を腕の中に引き入れる。
「最悪だ。ミネット野郎のすることは本当に胸糞悪いな」
オスカーが吐き捨てるように言った。
馬を伴って動くには距離が近すぎて、奴らに悟られず後退したければ、これから起こる惨劇を見過ごすほかない。
女は乱暴に抱きすくめられたが、身をよじってなんとか抜け出した。
狩りを楽しむ男たちがまたすぐに行く手を塞ぐ。
「フィル」
ギルバートが静かに合図をした。
黒馬は主人の心を知っている。
オスカーは目を剥いた。
「おい、正気か? 頭がおかしくなったんじゃないだろうな」
「正常だ」
「嘘つけ、理性を取り戻せ! いつもの冷静沈着なお前はどこへいった」
ギルバートがマスケット銃を掴み、ハーフコックまで撃鉄を起こしてオスカーに押しつける。
「援護しろ」
オスカーはほとんど怒っていた。
「冗談はよせ、バカ野郎! あれはミネットの令嬢だ。関わったところで、あとからどんな言いがかりをつけてくるかわからない。お前はミネットどころか、国中を敵にまわすことになるぞ!」
ギルバートは口の端を歪め、ほんの少し笑ったようだった。
音もなく茂みを飛び出し、隣を走るフィルの手綱を掴むと、黒いマントを翻して馬に跨る。
ミネットの男たちが異変に気づいたとき、ギルバートはすでに泉下の亡霊のように背後に迫っていた。