黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい

「うわああ!」

その男を、ミネットでは地獄の騎士と呼ぶ。

漆黒の衣装にボトルグリーンの大綬を佩用し、獅子の紋章を掲げ、黒い馬を操りいつも死を連れている。
ミネットの軍隊をいくつも壊滅させた、悪魔に一番近い男。

武器を携えた男たちが恐れをなして逃げ惑う中、彼女は漆黒の騎士に向かってまっすぐに手を伸ばした。

ギルバートがその細い腕を掴み、引き上げる。

女を素早くマントの下に隠し、左手で剣を抜いた。
男のひとりが勇敢にも斬りかかってきたところを逆手のまま薙ぎ払う。

右の踵で合図を送り、フィルの頭を砦の方角に向けると、波打ち際を勢いよく駆け出した。

悪魔が背を向けたと知り、男たちはようやく装填を思いついたらしい。
けれど彼らが撃鉄を起こすより早く、森に銃声が響き渡る。

オスカーの狙撃は正確で、ギルバートの背中を狙う男たちの肩や膝を撃ち抜いた。

フィルが木々の隙間に飛び込むと、オスカーも射撃姿勢を解いて栗毛に跨り、林の裏側を回って別の方向から砦を目指す。

ギルバートは岸辺からの角度を正確に計算し、木を盾にしながら砦への最短距離を走った。
ミネットの男たちが闇雲な銃撃を開始した頃には、もはや砲声でさえ追いつけないほど森の奥深くを駆け抜けている。

草木に揺れる木漏れ日をくぐり、クリサンセマムの咲く丘を越え、辺りはやがて完璧な静寂を取り戻した。

黒いマントを被ったふたりの騎士がブライン砦の程近くで落ち合うと、馬はようやく速度を緩めた。
オスカーが額の汗を拭い、顔を隠していたフードを落とす。

「お前はもう少し控え目にできないのか? あれじゃどこの誰が娘を攫ったのか、調べる必要もないだろうな」

ギルバートは不本意そうに肩を竦めた。

「誰も斬っていない」

マントを開き、腕の中でぐったりしている女を覗き込む。
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