黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
ドレバス卿が慈悲深く頷いた。
「それもそうだ、私が悪かった。キール伯爵に怒られてしまうな」
フィリーはとっさにギルバートを探した。
どこにも見当たらない。
怒って出ていってしまったのだろうか。
それともこんな騒動には気がつかず、薄紫色のドレスの娘とどこかで見つめ合っているのかもしれない。
「だが、きみがあの男を慕っているとはおかしな話だ」
ドレバス卿の口調には軽蔑が込められていた。
「救国の英雄だの、黒旗の騎士だのと持ち上げられているが、すべて陛下のお力添えのおかげだ。彼自身は復讐に手を染めるただのならず者にすぎない。議会を欠席し、あらゆる舞踏会の誘いを断り、領地を放って戦争に赴き、伯爵の務めを放棄していた」
ドレバス卿はフィリーの手を放すと、グローブの埃を神経質そうに払い落とし、右の手指に着け直した。
「ブライン砦の陥落当時、きみはまだ幼かったのだろうな。私からの要請で国王軍がブラインへ向かったとき、前線の指揮をとったのは先代のキール伯爵だった。わかるかな、彼の父親のプルガドール湖での敗戦によって、我々は十年の苦痛を強いられていたのだよ。きみが慕うギルバートという男は、国を守れなかった敗北者の息子だ」
フィリーがミネットの王女だとわかったとき、ギルバートはどんな顔をしていただろう。
憎悪に凍える氷の目ではなかったか。
呆然とするフィリーを見て、ドレバス卿が気の毒そうに首を振った。
「ミネットに支配されていたきみが知らなかったとしても無理はない。だが、想像することはできるだろう。非道で残虐なミネット軍が、敗走する兵士たちを捕らえてなにをしたか。優秀な指揮官のもとで戦えなかったというだけで、彼らにはなんの罪もなかったのに」
誰もが悲しみに目を伏せる。