黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい

ドレバス卿が立ち竦むフィリーに詰め寄り、右手で剥き出しの肩を掴むと、耳元に小さく囁いた。

「伯爵領まで攻め入ったミネット軍があの男の母親をどんなふうに殺したか、お嬢さんにわかるかな」

フィリーはもう少しで悲鳴を堪えられなくなりそうだった。

ギルバートがプルガドール湖の岸辺でフィリーを助けてしまったのは、母親に重ねたからではなかったか。

誰かが肩にのった手を掴み上げる。

「怯えている。俺の女だ」

ドレバス卿が痛みに大声で叫んだ。

ギルバートがフィリーの腕を引き、背中に匿う。
ドレバス卿が喚き、腕を振り払おうとしても、ギルバートは強い力で手首を捻り上げて放さなかった。

王座の間は騒然とし、リチャードが警告の声を上げる。

「キール伯爵、手を放したまえ。きみの無礼だ」

ギルバートはパッと手を解放した。
ドレバス卿が腫れ上がった手首を押さえて抗議する。

「戦いに飢えた悪魔め! 貴族の礼節を忘れたか」

ギルバートが肩を竦めた。

「たしかに。俺が剣を持っていなくてよかったな」

腕を伸ばし、後ろ手に震えるフィリーの手を握る。

「十年前も今も、礼節とやらを重んじるあなたの代わりに、敵国と戦ったのは我がキール伯爵家だ。あなたも悪魔に感謝するべきでは」

ギルバートは口の端を持ち上げ、ほんの少し笑ったらしかった。

「それから、フィリーはダンスを踊る方法を知らないんじゃない。俺以外の男とは踊れないと言っただけだ」

周囲には安堵と、微かな笑いが広がっていた。
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