黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
フィリーはとうとう涙を拭うことにも疲れ、ぐったりと力尽きて目を閉じた。
そのまま呼吸さえ放棄しそうなフィリーの腕を、ギルバートが掴んで引き寄せる。
「きみを攫ったのは俺だぞ。たとえ地獄まで行こうとも、俺から逃げる方法はどこにもない」
大きな手のひらが震える肩を覆う。
力強い腕がフィリーを抱きしめたとき、絶えることのない涙はついにぴったりと止まった。
まるでフィリーを慰めるかのように、ギルバートの手が耳のうしろをそっと撫でる。
「いいか、今きみが俺のためにできるのは泣き止むことだ。頼むから泣かないでくれ。それ以外はなにも望んでいない。償いなどもっての外だ」
つむじに響くギルバートの低い声は、泉下を漂う波に似ている。
解けた亜麻色の髪を長い指が優しく梳いた。
「俺はきみを城に閉じ込めた卑怯なミネット人のことを心から軽蔑している。だが、きみに復讐をしたいとは思わない。俺がきみを見つけたことを後悔しているって? 侮辱も大概にするんだな」
両腕で隙間なくフィリーを支え、ゆっくりと身体を揺らしてあやす。
フィリーは目を閉じ、ギルバートの心臓の音を数えていた。
規則正しい鼓動がフィリーの混乱を遠くへ押し流していく。
フィリーが鼻をすするのをやめると、ギルバートは二の腕を掴んで身体を離した。
「もしもきみが、それでもミネットのしたことを償いたいと思うなら、もう泣かないことだ。王太子の子を産んで死ぬために生きるのはやめろ。きみが泣いて国へ帰れば、そいつは喜んでまたきみを閉じ込める。二度ときみをくそ野郎の好きにさせるな。よく考えて、生き抜いて、きみがミネットをもう少しましな国に変えるんだ」