黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
一発目の銃声が聞こえたときから、彼女が気を失っていることはわかっていた。
頬にかかる亜麻色の巻き毛をそっと払う。

肌は白く、唇はバラ色で、豊かなまつ毛が瞼の下に長い影をつくっている。
無理やり持ち上げられた胸はやや小ぶり、腰はコルセットなど必要がないくらい細かった。

それでも、彼女の手はずっとギルバートのシャツを握りしめている。

ミネットの男たちから逃げる途中で転んだのか、頬には泥がついていた。
ギルバートは仕方なく、指で汚れをゴシゴシと拭う。

「偵察を頼めるか。女を家に返すには、誰が奴らを仕向けたのか調べる必要がある」

マントを脱いで女を包み、フードを深く被せてやった。

この胸の開いたドレスではすぐにミネットの令嬢だとわかってしまうし、白金に近い亜麻色の髪は北の大陸に珍しく、あまりに目立ちすぎる。

女を腕に抱え直し、ふと顔を上げると、オスカーが口を開けてこちらを見ていた。

「どうした」

オスカーはしばらく呆気にとられた後、目を細めてにんまりとする。

「いや。女を慰めるのはお前の仕事だと言われるかと思った」

ギルバートが片方の眉をひょいと上げた。

娘に慈悲を示す気になったのは、卑劣な男たちの悪趣味な行為に虫酸が走ったからだ。

危険を承知で女を、しかもミネットの女を拾ってきた。
下手をすればオスカーの言う通り、これから国中を敵にまわすことになる。

けれど、ギルバートはいつもの冷淡な男のままだった。
オスカーの冗談にニヤリともしない。

「お前の仕事は斥候だ。ミネットの女に慰めはいらない」

オスカーは愉快そうに声を上げて笑った。
栗毛とともに背を向け、黒い影となって森の中へ消える。

「了解、団長。三時間で戻る」
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