黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
フランツがヴァイオリンを持ってきて調弦を始めると、ギルバートはいきなりフィリーの腰を抱き寄せた。
「肩に手を置いて。俺の動きに合わせればいい」
フィリーが躊躇いながらギルバートの上腕に手をのせる。
ふたりの目が合い、ワルツが始まった。
ゆったりと溶け合うようなステップを踏む。
フィリーは緊張のせいでなにも考えられなかった。
背中に回されたギルバートの腕の筋肉が、フィリーを支えるために動いている。
時折ぴったりと腰が重なり、たくましい太腿がフィリーの脚を掠めた。
ギルバートがムッとして眉を寄せる。
「なんだ、きみは踊れる。いったい誰に教わった」
フィリーは頬を赤くした。
どうしてそんな意地悪なことを聞くのだろう。
わかっているくせに。
「マリウス王太子殿下よ。時々お会いすると。でも私、本当に下手なの。早くこれをやめにしなくちゃ、あなたの足の甲も腫れ上がってしまうわ」
ギルバートが愉快そうに口の端を持ち上げる。
「ああ、なるほど」
けれどフィリーに従うつもりはないようで、抱き寄せた背中を放そうとしなかった。
それに、この男にはダンスの才能もあるらしい。
フィリーの重心が移る瞬間をわかっていて、腕を引き上げてターンまでさせる。
あんなに抵抗をしたのに、フィリーはいつの間にか夢中になっていた。
ターンの合間に身体を離し、また引き寄せられてギルバートの胸の中に戻っていく。
顔を上げると、ギルバートの青い目がフィリーを見下ろしていた。
ヴァイオリンがワルツを歌っている。
ふたりだけのために。
フランツは演奏を張り切りすぎだった。