黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
オスカーは軽蔑を込めて口の端を歪めた。
「いいや、あなたは知っていた。先代のキール伯爵が残した記録では、偵察隊は砦の惨状を見てすぐに援軍を要請している。だがまだ敵の侵略を受けていないはずのあなたの領地で伝令が何者かに襲撃され、伯爵の要請は揉み消された。そして王都に避難したあなたの証言で、偵察隊の敗北のあとに砦が陥落したのだと誰もが信じるようになった」
ドレバス卿が怒りで顔を真っ赤にする。
「あなたはブラインを敵に明け渡したんだ、自らの保身と引き換えにね」
議会の出席者たちは混乱し、口々に真偽を問いただした。
ギルバートは揺れる議場をただ他人事のように見つめている。
このときを待っていた。
勇敢な戦士だった父の名誉を回復し、裏切り者に報いるときを。
それなのに、胸の奥は凍えていく。
ドレバス卿が議席を飛び出し、演壇のオスカーに詰め寄った。
「言いがかりも大概にしろ! なぜ私が敵に領地を明け渡す必要がある。この十年、ミネットの支配を受けてきたのは我がドレバスだ!」
オスカーがドレバス卿の鼻先に証拠を突きつけた。
「十年前の侵略を指揮したのがランピーニ侯爵だったからだ! あなたはミネットの支配以降、ブラインや西方の各地を通じて、金品や輸出入の禁じられた武器と薬物を受け取っている。だからギルバートの失脚を望んでいたんだ。ミネット軍が追い出され、密通が容易でなくなれば、国を裏切って手に入れた利益を失うことになる!」
いつも気楽なオスカーの声も荒くなり、議場は騒然となった。
ドレバス卿の利欲のために犠牲になったのは、ギルバートの両親だけではない。
ここにいる誰もがミネットに大切なものを奪われてきた。