黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
フィリーはスープを胃に流し込んで立ち上がり、窓辺に寄り掛かって外を眺めた。
澄んだ朝に日の光がキラキラと舞い降り、ルハルドの美しい冬を彩る。
もうすぐ雪が降るだろう。
クレマチスの咲く中庭の反対側には、東の棟の舞踏室が見える。
フィリーの唇からワルツがこぼれた。
あの月の夜だけが永遠ならよかったのに。
城の議場でミネットの王女に向けられた剣と憎悪の前にギルバートが立ちはだかったとき、フィリーは本当の恐怖を理解した。
なによりも大切な人を理不尽に傷つけられる恐ろしさを。
ドレバス卿の策略を阻止できなければ、ギルバートは反逆の罪で陥れられていただろう。
フィリーがフリムランにそうさせているのだ。
ギルバートはフィリーの盾になろうとしていた。
忠誠を捧げる国にさえ背を向けて。
マリウスのところへ戻ったら、決してギルバートを糾弾しないよう懇願するつもりだった。
なにを引き換えにしても、ギルバートをミネットの呪いから遠ざけたい。
王家の血を賭けてもいい。
もしもフィリーに国を動かすことができるなら、必ずギルバートを守るほうを選べるように。
ふと、薪の燻る嫌な臭いが思考を引き戻した。
フィリーは慌てて室内を振り返る。
暖炉で逆流した白い煙が、すでに天井を覆っている。
「まあ、大変!」
煙は勢いよく朦々と立ち込め、あっという間に客室に充満してしまった。