黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
カミラが息を切らしながら駆け寄ってきて、首を横に振った。
エントランスホールの階段前に集まった使用人たちが肩を落とす。
家令のフランツを中心にして円になり、協議を始めた。
カミラが深刻に告げる。
「北区の煙突掃除人のダヴィトは来週にはここへ来てくれる予定でしたけれど、その前に五日だけ村へ戻っているそうです。なんでも、孫が産まれるらしくて」
厨房係のティホもがっくりとうなだれた。
「東区のヤロは三日前に屋根から落ちて足の骨を折っちまった。西区のジェレミーは毎年雪が降るまで酔っ払ってる」
従僕のジョットがそばかすの散る頬を真っ青にした。
「南区のヨッヘムは今から百十三番目にうちへ来ると約束してくれたよ」
ティホが大きな身体でもどかしそうに地団駄を踏む。
「煙突がダメならかまども使えないぞ! 屋敷は寒くて凍えるし、温かい料理も作れない」
かわいそうなジョットは細長い背中を丸めて震え上がった。
「ぼ、僕が屋根に上るよ。なんとか煙が逆流しないくらいにはできると思う」
カミラが慌てて首を振る。
「やめて、ジョット! 高いところは苦手なはずよ、また気絶してしまうわ。あのときギルバート様がいてくださらなかったら、どうなっていたことか」
そこで議論は紛糾してしまった。
キール伯爵家に仕える者で屋根に上がれるような若い男のほとんどは、黒旗騎士団の一員として、領地か国境の町を守っている。
王都の別邸に残ったティホはお腹が大きすぎるし、ジョットは小心で高所恐怖症、初老のフランツは膝が悪く、不安定な梯子を上るのは危険だった。
ほかの使用人たちも似たようなもので、煙突ブラシと針金を持って身軽に屋根の上を歩ける男はいない。