黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
15.
船着場に降りたときから、妙な胸騒ぎはしていた。
漕ぎ手に銀貨を渡し、緊張を研ぎ澄まして屋敷への道を急ぐ。
悪い予感がした。
フィリーに危機が迫っている。
ギルバートは眉を寄せた。
大股で歩きながら、馬鹿げた妄想を追い払う。
ドレバス卿は逮捕され、フィリーは国王軍の監視がついた伯爵邸にいる。
危険に晒される余地はない。
あとは一刻も早く交渉を成立させ、婚約者の元へ返せばいい。
ギルバートの口から悪魔が喜びそうな悪態がこぼれた。
完璧に正しいことをしている。
フィリーをミネットの王太子にくれてやるのだ。
世界で唯一フィリーを守ってやれる男が、たとえギルバートにとって世界で一番憎いくそ野郎だったとしても。
マリウスと結婚して庇護を受け、正統なる王家の血筋を捧げれば、誰もフィリーに危害は加えられない。
ミネット王でさえ安易に王太子妃を殺せなくなる。
けれど、そうと頭で考えることが、すなわち砂糖菓子のような唇を思い出さないということではなかった。
あの敵国の王女はギルバートの論理的思考をすべて打ち壊してしまう。
ミネットの令嬢と知りながら揉め事に関わって連れ帰り、王女と知りながらワルツを教えてキスをした。
正体を暴かれ、貴族と兵士に剣を向けられたとき、議場にいるフリムラン人を皆殺しにしてでもフィリーを守ることをギルバートの本能が望んでいた。
しかも、なにひとつ後悔していない。
フィリーと出会うことがどれほど厄介か、何度説得されたとしても、ギルバートはまた理屈を無視するだろう。
そしていつかは彼女を地獄へ引き摺り込む。
どれほどふたりの距離が近づいても、ギルバートが立っているのは泉下の淵だ。
フィリーを守れる男はギルバートではない。