黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい

厩へ行き適当なロープを掴んで戻ってくると、軒先に立てかけたままの梯子を駆け上がる。

下で使用人や見物人たちが何事かを叫んでいた。

強い風が吹きつければ今にもフィリーを攫っていきそうで、ギルバートをこれ以上ないほど脅かす。

屋根の上に立ち、煤落としに夢中になっているフィリーの背後へ足音を立てずに近づいた。
腕の届くところまで来てから、慎重に声をかける。

「なあ、シュガー。せめて命綱をつけてくれないと……」

フィリーの肩が飛び上がった。

「まあ、ギルバート!」

慌てて振り向いた勢いで、主棟から足を踏み外す。
そのときギルバートはもう片腕を伸ばしていて、大きな手でフィリーの背中をしっかりと抱きとめた。

「危ないだろう」

フィリーが煤だらけの頬を真っ赤にする。

「あ、ありがとう。でも、熟練の煙突掃除人は命綱を使わないの。それに、あなたが脅かすまでは危なくなかったわ」

ギルバートは言い訳を無視してフィリーの腰にロープを巻いた。

「なるほど。それで、きみはいつ熟練になったんだ」

反対側を自分の腰に固定し、ナバの王立騎士団で使われる固い結び目を作る。

フィリーを繋ぎとめ、ようやくギルバートは焦燥から解放された。

これでいい。
いつかはくそ忌々しいミネット野郎に渡すとしても、今はまだ、フィリーはギルバートのそばにいるべきだ。

頭からつま先まで煤で汚れたフィリーが、しょんぼりと項垂れた。

侍女服の黒いスカートを紐で結んで足首まで持ち上げてはいるが、そんな格好で屋根の上を歩き回るなんて、どれほど危険なことか時間をかけて説き伏せる必要がある。
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