黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい

「勝手なことをしてごめんなさい。だけど」

フィリーが煙突ブラシをギュッと握り、ギルバートを見つめた。

「私にもできることがあるって、確かめたかったの」

ギルバートは片眉をひょいと上げた。

女王にさえなれると教えたのであって、煙突掃除人も請負えと言ったつもりはない。

王都中を探せば、職人ではなくとも、煙突掃除の経験がある男くらいすぐに見つかるはずだった。
フランツはいい顔をしないが、本当はギルバートにだってできる。

それなのになぜフィリーは、こうも簡単に理屈を飛び越えてくるのだろう。

ギルバートはいつも冷静だった。
論理的ではないと知りながら、また一歩、地獄へ近づく。

「きみが俺と繋がれていることに文句を言わないなら」

フィリーが翠色の目をきらめかせた。

「もちろんよ!」

急いで煙突にしがみつき、ギルバートが考えを変えないうちに掃除を再開する。
ギルバートは仕方なく、黙って見ていることにした。

また落ち着かない気分になってくる。
でも、フィリーが腕の届く範囲にいればそれでいい。

誰がなんのためにやり方を教えたのか、フィリーはたしかに煙突掃除の方法をわかっていて、慣れない手つきで煤を落としていく。

煙突によじ登り、縁に立って針金で括ったブラシを落とす。
冷たい風が吹いて、フィリーの小さなくるぶしを真っ赤に染めていった。

ギルバートは腕を組み、手を出したくなるのを我慢した。
遠く広がる王都の街並みも見ないようにする。

高所恐怖症を患った覚えはいっさいないが、フィリーがそばにいると思うと足が竦みそうだった。
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