黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
フィリーが針金を巻き取ってブラシを引き上げ、煙突の中を慎重に覗き込む。
煤だらけの顔で満足そうにギルバートを見下ろした。
「終わったのか」
ギルバートが問いただす。
いったいいつこんな堪え性のない男になったのか。
「たぶん。言い訳がしたいわけじゃないの、でも初めてだから。もし十分でないなら何度でもやり直すわ」
ギルバートは煙突を下りようとするフィリーに詰め寄り、腿の裏に腕を回して左肩に担ぎ上げた。
フィリーが慌ててギルバートの首にしがみつく。
「待ってギルバート、これ、怖いわ!」
ギルバートは悲鳴を無視して三角屋根の平面を下る。
先に脅かしたのはフィリーじゃないか。
これ以上、フィリーが屋根の上で一歩足を踏み出すたびに緊張していたら、ギルバートの心臓は縮みきって使い物にならなくなる。
掃除をやり遂げるまで黙って見ていたことを褒めてほしい。
「俺も恐ろしかった。いい妥協案だと思わないか」
フィリーが肩に力いっぱい掴まりながら、怪訝そうにギルバートを見上げた。
「高いところが怖かったの、あなたが? 下で待っていてくれてよかったのに」
ギルバートはおしゃべりをする気にもならず、フィリーを抱えたまま慎重に梯子を下りていく。
フィリーの両足の裏をきちんと地面に置いて、ようやく落ち着きを取り戻した。