黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
騎士は髪も黒かった。
顔色はあまり良くないかもしれない。
まっすぐな眉と高い頬骨のせいで、閉じた瞼に薄い影が浮かんでいた。
左目の下には小さなホクロがある。
完璧に左右対称な顔立ちの中、そのホクロだけが妖精のいたずらのように見る者を惑わせる。
男が微かに首を傾げると、疲労の色濃い左の目元にほつれた前髪がすべり落ちてきた。
フェリシティは思わず、それを払おうと右手を伸ばす。
その瞬間、手首をきつく掴まれた。
痛みに怯む隙はない。
強く腕を引かれ、気づけば椅子に背中を押しつけられている。
男が肘掛けに片方の膝をつき、フェリシティを閉じ込めるように覆いかぶさった。
大きな手が首にかかる。
フェリシティは呼吸を止めた。
夕焼けの朱に染まる壁に静寂が突き刺さる。
男は氷のような目でフェリシティを見下ろしていた。
虹彩は薄いシアンブルーで、縁はほとんど淡く透き通っている。
男が目を合わせたまま片手を首筋に滑らせると、フェリシティの唇から息がこぼれた。
日の光を浴びたことのない白い喉を、剣を握る戦士の手が覆う。
戦いに慣れた冷たい手のひらだった。
心臓が激しく胸を打つ。
男の指が鎖骨をなぞり、フェリシティのチョーカーに触れたとき、背後のドアが音を立てて開かれた。
男が素早く目を上げる。
「おっと。邪魔してごめん」
おどけた声が緊張を引き裂いた。
男は組み敷いたフェリシティの腕を解放し、椅子の上から離れた。
フェリシティがパッと立ち上がり、ドアを振り返る。
侵入者は氷の目の騎士と同じ格好をしていた。
もっとも、髪は明るい栗色で、頬には笑顔を浮かべている。