黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
ふたりを繋ぐロープを解く間もなく、使用人たちがフィリーの周りに駆け寄ってくる。
厨房係のティホは怒った顔でフィリーを睨みつけた。
「おい、怪我はないんだろうな。だから娘には無理だと言ったのに、足を踏み外しそうになったじゃないか!」
従僕のジョットが、握りしめた指の先まで真っ青にして震え上がる。
「僕も屋根の上で気絶して、閣下に助けていただいたことがあります。ああ、思い出すだけでも恐ろしいのに、あなたが同じ恐怖を味わったなんて!」
フィリーは頬を染め、恥ずかしそうに笑った。
「ええ、ギルバートが来てくれましたから。でも怖くはなかったの、本当よ。ルハルドはとても美しい街ね、屋根から見渡せばよくわかる。もっと見ていたかったわ」
フランツがゆっくりとフィリーの前へ進み出て、胸に手を当て、深々と頭を垂れた。
「ありがとうございました。フィリー様のおかげで、我々は暖炉に薪をくべ、あたたかい食事を準備することができます。あなたがこの冬にもたらしたぬくもりを、私たちは決して忘れないでしょう」
フィリーがパッと顔色を変えた。
戸惑いながら、恐々と首を振る。
「いいえ、そんな……そんなつもりではなかったんです。勝手なことをしてごめんなさい。フランツ、どうか顔を上げて。だって私は、私の国は……」
急に口をつぐんで黙り込んだ。