黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
ギルバートが身じろぎをすると、小舟が大きく揺れた。
「きみの婚約者はどんな男なんだ」
フィリーはお腹の上にあるギルバートの手の甲を力いっぱい抓った。
「そうね、くそ忌々しいミネット野郎の王太子ではなかったかしら」
ギルバートが慌ててフィリーの口を塞ぐ。
「しーっ! きみはいったいいつそんな悪態を覚えた」
フィリーは肩を竦めて、口もとを覆うギルバートの手を掴む。
「あなたって教えるのがうまいのね」
身体を離して振り返ると、ギルバートが興味深そうに眉を持ち上げた。
「たしかに、今のは上出来だった」
フィリーは得意気になって目をきらめかせ、またギルバートの腕の中に収まる。
「マリウスはダークブロンドの髪に藍色の目をしていて、オスカーと同じくらいの身長ではなかったかしら。正直、あなたの有益になるようなことはなにも知らないの、黒旗の騎士さん」
「だがきみはそいつのことを悪くは思っていない」
拗ねたような言い方に、フィリーは目を丸くした。
眉間にシワを寄せ、ギルバートが低く唸る。
「つまり俺は、きみが国に戻ってどんな生活を送ることになるか……理解しておく必要がある。きみの安全は交渉の第一条件だ。王女が危険に晒されると知りながら、フリムランが取引を成立させることはない」