ある日、ビルの中、王子様に囚われました。
二、囚われた恋心。



エレベーターで上がってフロアに降りると、真っ白い壁に呼び出し用の電話と、社員証を翳す液晶画面が埋め込まれているだけだった。

「ここは社員用ですので滅多に来客はないです。下の階には受付や個室での事業相談の場になります」
「私は下でお茶出しとか書類作りとかした方が」

「……俺の婚約者にそんなことをさせると思う?」

笑顔なのに有無を言わさない迫力に私も口を閉じた。

天宮さんが社員証を翳し中に入ると、真っ白な壁の廊下が続き人の気配や生活感が感じられず緊張した。

私の働いている会社は小さな印刷会社なせいか、人の出入りは多いし常にパソコンの稼働音や人の話し声で静かな時間はない。
なのでこんな静かな仕事場は初めてで、何よりその雰囲気に馴染んでいる天宮さんにも距離が感じられた。

暫く歩くと、ガラス張りのドアが見えてきた。
天宮さんに促されて中へ入ると、一斉に視線が集中して固まった。
「おはようございます」

天宮さんの挨拶に、一同すぐに起ちあがる。そのせいで更に視線が私に突き刺さった。
パソコンが並べられたディスクがずらりと並ぶ中、固まる私の肩を天宮さんがそっと手を添えた。

「社長のごたごたで大変な時にすまないが紹介する。俺の大事な人だ」

ほ、本当に言った!
びっくりして真っ赤になった私の両手が汗でびっしょり濡れていく。
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