ある日、ビルの中、王子様に囚われました。
優しい声。
綻ぶように滲む甘い笑顔。
今まで苦労した日々が、吹っ飛んでいく様な、そんな甘い空気が辺りを支配した。
こんな優しそうな人と恋に落ちれたらどんなに幸せだろう。
でも、分かってる。
現実はそんなに簡単に、私をお姫様になんてしてくれない。
「緊急を要するので、早速まずは車に乗っていただけるかな? 時間がないんだ」
「え、あ、はい!」
急いで家から出てきた私は、当分の着替えとうを入れたキャリーケースと、明日仕事に行く時の為に通勤用のスーツ。そして纏める時間も無かった黒髪を肩まで伸ばし、化粧だってする時間はなかった。
なにせ、高校卒業前に親が私の学費を全て使いこんだのち蒸発。
お兄ちゃんの援助と奨学金とバイトをしてなんとか短大は卒業したが、あの苦労の日々がやっと昨日奨学金を返し終わって終了したと思っていた。
なのにいきなり親が現れて、しかも知らない存在の祖父が危篤?
何を信じていいのやら。
頭の中はまだ全然整理がつかず、パニックに陥っていた。
「緊張してますね」
「うあはい!」
運転席からミラー越しに気遣われ、思わず変な声が漏れてしまった。
「あの、今からどこに?」
「こちらです。此処にしばらく貴方が生活できるよう手配しました」
「こ、ここ――……」
車から見上げたビル。
そのビルに太陽の日が掛り、眩しくて目を閉じた。
けれど、眩しかっただけではない。
だってここは――。