暗函
或る男の話をしよう。その男は選ばれた。並大抵の人間は味わえない栄光を掴む事が、許されたのだ。
そして、その男は栄光を掴むべく、暗黒の旅路へと身を投じた。
一寸先もはっきり見えぬ。道は幾度も折れ曲がり、方向感覚は既に無い。男は闇の中を栄光を求め、進んでいった。
1歩ずつ、そろり、そろりと進んで行く。目を開いているのか、閉じているのかさえ分からない闇の中、男は終着点を求めて必死に歩き続けた。何十年の月日が流れた。それでも男は止まらなかった。足が痛くなっても、歩みを止めずに進んだ。

長い長い道の真ん中で、男は終着点の存在を疑った。此処は一本道等ではなく、何処までも複雑な迷路なのではないか、と考えた。
後もう少しという所で、男は栄光の存在を疑った。本当にそんな物があるのか、馬鹿馬鹿しいとさえ思うようになっていた。
あと二、三の角を曲がれば終着点だという所で、男は逃げ出した。「もう沢山だ」と泣き喚き、闇から出すように懇願した。刹那、男の意識は途絶えた。

次に目を開けた時、目の前に広がるのは新たな世界。今迄の様な鮮明さやスリルは無く、唯ぼんやりと薄暗い光に包まれた世界だ。そこで男は、自分がどれほど惜しい事をしたのかを知った。後もう少しで、終わりだったのだ。もう少し頑張れば、男は栄光を掴み、皆と共に光に満ちた鮮明な世界で生きることが出来たのだ。
男は泣いた。諦めた、あの時のように泣き喚いた。しかし、二度目のチャンスは無かった。
男は、薄暗い世界で自己嫌悪に苛まれながら、一生を終えた。

もう少しだったのに、残念だ。
だが、もし道中の男が自分の位置を知っていれば、投げ出すことは、しなかっただろう。否、あまりの道の長さに之よりも早くに泣いていたかもしれぬ。
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