ヴァージンロード <続>Mysterious Lover
入り口には、<吾妻小児科クリニック>と書かれた看板。
1階が診療所で、2階と3階がオレの実家だ。
今日の診察は午後からだったから、午前中の今なら親父は家の方にいるかな。
外付けの階段を上り、鍵を差し込み。
ドアを開ける。
温まった室内の空気が、ふわっとコート越し、冷えた身体にまとわりついた。
小麦の香ばしい匂いが、かすかに残ってる。
またお袋が、パンを焼いたんだろうか。
天窓のすりガラス越し、柔らかな光が降り注ぐ玄関を抜けると、
その先は左にキッチン、右はリビングダイニング。
お袋の希望で、キッチンにも大きな窓があって。
いつも明るくて暖かくて、よくここで勉強してたっけ。
そこに今、お袋の姿はない。
出かけてるのかな。
親父が横浜にある国立病院の勤務医を辞めて、ここに開業したのは、オレが小学5年の時だった。
真新しい家、真新しい自分の部屋。
家族3人の生活。
本当にうれしかったのに。
今ではそれが、呪いみたいに思える。