時空(とき)を越えて君に逢いにゆく~家具付き日記付きの寮~

第六話《投手……黒田》


 * * *

 どうやら今日も夢の中へ来たようだ。目の前にあるブラックホールにひょいと飛び込む。

「よっこいしょっと」

 鮮明な夢の中。今日の夢、辺りは真っ暗だった。その日によって辺りの明るさが全く異なっている。

 今日のように真っ暗な事もあれば、東の空が白みかけている時、そして陽が出ている時もある。

 今考えてみれば陽が出ている夢を見た翌日は講義が二限目以降から始まる日であったり、寝坊をしてしまった日だったような気がする。

 要するにこれも時間のリンクなのかもしれない。

 夢を見ている時間が夜中であれば辺りが暗い。朝方であれば朝日の出る前後。そして十時くらいまで寝ている日に、起きる直前に夢を見た時は周囲が明るい。

 そういう事なのだろうか。そんな事を考えていると僕の背後からいつもの柔らかな声が聞こえてきた。

「こんばんは」

 紗綾である。久しぶりに「カープ女子」ファッションだった。

「よっ! カープ女子」

 紗綾はキャップを斜めにかぶり直し、僕に向かってウインクをした。あまりの可愛さに僕はとろけそうになる。これでは諒太と同じ骨抜き野郎になってしまいそうだ。

「えーん。昨日の試合、サヨナラ負けしちゃったんだよ。黒田さんは頑張っていいピッチングしたんだよ。でもね、中継ぎ陣が崩壊しちゃってさあ」

 二〇一九年の大型ルーキー、黒田啓一。あの名投手、三年前に惜しまれながら引退した黒田博樹投手の再来とまで言われ、鳴り物入りで入団してきた黒田啓一である。

 開幕からローテーション投手として活躍している時の人なのだ。それもそのはず、フロントドアを代名詞とした黒田博樹投手に負けない程えぐいフロントドアの使い手である。

【フロントドアの解説】
 右利きの投手の場合、左打者に対してインコースに投げ込む『シュート』の事。左打席の打者は『体に当たる!(デッドボールになる!)』と思い、体を後ろにのけ反るが、シュート回転しているボールはストライクゾーンに入る。結果、見逃してしまい、『ストライク』と判定される。

「そっかあ。残念だったね。まあ今年も調子いいからこのまま優勝するんじゃない?」

「うん。今年こそ優勝してもらわなきゃね。しかし黒田さんまだまだ若いね。ナイスピッチングだったよ」

 まだまだ若い? ルーキーなので当たり前である。

 こんな野球の話ばかりしてるとまた突然夢が終わってしまう。ずっと一緒にいたいのに。あっ、そうだ。日記の事を訊かなければ。

「あっ、あのさ……」
「ヒロ君、どうしたの?」
「あの日記の事なんだけどさ。本当に紗綾が書いてるんだよね」
「そうだよ。それがどうかした?」

 どうかしたも何もない。不思議過ぎるだろ。僕は何をどう訊ねればいいのか迷ってしまった。

「不思議……だよね。だって今僕は夢を見てるんだよね? 夢の中の紗綾とこうして毎日逢っていられるだけでも不思議な話なのにさあ、朝起きたら現実の世界に紗綾の書いた文字があるんだよ。僕、何がなんだかわからなくてさあ」
「ふふっ。困った顔のヒロ君の顔、可愛い」
「可愛いってなんだよ。三つも年上に向かって」
「ふふっ。年上じゃなかったりしてね。あの日記はね、我が家に代々受け継がれてきた日記なの。そういうの、家宝っていうのかな」
「家宝……ね。でもどうして……」
「そういえばこの近くに川があるの知ってる? ヒロ君、行ってみようよ。こっち、こっち」

 僕の言葉を遮り彼女はそう言った。そして僕の手を引き駆け出す。

「紗綾、ちょっと」

 紗綾の暖かい手の温もりを感じながら必死に走った。

 * * *

 そこで僕は目を覚ましてしまった。少し体が汗ばんでいるのに気づく。走ったからなのだろうか。

 枕元のスマホに手を伸ばし時間を確認すると『3:23』の数字が並んでいた。

 やはり時間はリンクしているのだろうか。

 今こうして起きている時の方が夢の中よりぼやけているような気がする。こんな時間に目を覚ましてしまった「現実の眠気」がそうさせているのだろう。

 意識があるのはほんの数分間だった。その後目覚まし時計が鳴るまでの間、夢は見なかったようだ。

 寝ぼけ眼をこすりながら7時に食堂へ向かった。九時から始まる一限目に間に合わせる為、食堂が一番混む時間帯である。

 静かに黙々と食事をする者。同じ大学の仲間と「コントラバスのあの子が可愛い」だの「クラリネットのあの子の足首がたまんない」だのと男子トークをしながら食事をする者。はたまたサッカーのネイマールがどうの、巨人の坂本がどうのとスポーツの話をしながらコーヒーを啜《すす》る者など様々である。

 そんな中、僕は紗綾の事を考えながら、一人カウンター席でパンをかじっている。

 いつもの朝の風景の中、食堂に壁掛けしてある大型液晶テレビからいつもの朝の番組が写し出されていた。

『続いてはスポーツコーナーです。ここからは山田アナウンサーが担当します。山田さん、よろしくお願いします』

 メイン司会者のタレントがスポーツ担当のアナウンサーへマイクを渡した。

『はい。まずは昨日のプロ野球の結果からお伝えします。ここ数年、優勝、優勝、二位とカープの黄金時代と言ってもいいでしょう。今年も二位ジャイアンツに大きく差を開けているカープの試合です。五連勝となったのでしょうか?』

 僕は知っている。昨日のカープの試合結果を。カープ対スワローズの試合をテレビで見ていた訳ではないけれど、僕は知っているのだ。ルーキーの黒田投手が好投するも、中継ぎ陣が崩壊してしまいサヨナラ負けとなってしまう事を。

『しかし試合前、カープに心配なニュースが入ってきました。飛ぶ鳥を落とす勢いの大型ルーキー、黒田投手なんですが、昨日の試合前、肩に違和感を覚え急遽登板を回避しました。登板回避の理由に対し、新井貴浩監督は次のように述べています。VTR出ますでしょうか?』

 え? 昨日は黒田が好投したはずじゃ?

 僕は口に運びかけた残り一口のパンのかけらを食べる事なく、大型テレビに目をやった。
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