時空(とき)を越えて君に逢いにゆく~家具付き日記付きの寮~
明日からゴールデンウィークに入る為、我が家の恒例行事であるキャンプへ出かける事になっている。僕と結菜が高校生だった三年間はゴールデンウィーク中も部活があった為、恒例行事は中止となっていたのだけれど、二年前から復活したのだ。
結菜はA4サイズでプリントアウトされた『持って行く物リスト』を片手に着々と準備を進めている。僕と父はテント、タープ、シュラフ、テーブルと、重い物や嵩張る荷物をガレージへと運び出す。
ある程度準備を終えると、朝早く出発するため全員が早めに床に就いた。
部屋に入るとカーテンを閉め灯りを消した。
そしてふかふかの布団に潜り込み目を閉じる。
脳裏を過ったのは――夢の中の少女――であった。
今日も逢えるのだろうか。もしも逢えたなら……。
そうだ。訊いてみよう。歳とか名前とか。あと、住んでる場所とかも訊いてみたい。
そんな事を考えているうちに睡魔が襲いかかってきた。
――逢えますように。
意識が少しずつ遠のいていく。と、
――ガチャ。
少女なのか? 今日もまた君に……。
「お兄ちゃん! 思い出した!」
それはファンタジーの世界ではなく現実だった。
「なんだよ、お前かよ」
期待した僕が馬鹿だったのかもしれない。がっかりして肩を落とした。
「お前で悪かったわね! それより私、思い出したのよ。ウフフッ」
いたずらでも思い付いた少年のように悪い顔をしている。嫌な予感しかしなかった。
「思い出したって、何を?」
そう面倒くさそうに対応した。
「質問。『お兄ちゃん、彼女はできたの?』っていう質問」
「思い出せて良かったね。すっきりしたでしょ? じゃあおやすみー」
僕は頭に布団を被せ潜り込んだ。
「そうじゃなくて、その質問の答えが訊きたいの! 黙ってるって事はまだできてないんでしょ。お兄ちゃんは背も高いし顔は整ってるし、何で彼女の一人や二人できないかなあ」
「うっせー。ほっとけ。ていうか、俺たち双子なんだからさあ、私も整った顔で綺麗よって遠回しに自慢げな顔してんじゃねえよ」
結菜はぺろりと舌を出して微笑んだ。
「片思い中の子くらいはいるでしょ?」
「え? 片思いって?」
「両思いじゃない方の事よ」
「わかってるよ、そんな事。今は音楽に集中したいの! 早く自分の部屋に帰れ」
「名前かなあ。お兄ちゃんの名前でみんな引いちゃうのかもね。可愛そうに。じゃあ寝るね。おやすみー」
結菜は言いたい事だけ言って戻っていった。
「ったく!」
確かに彼女いない歴は二十一年。そんな不名誉な記録を日々絶賛更新中である。僕の名誉の為に言っておくが、もてない訳ではない。何度も告白された事はある。大切な事なのでもう一度言っておく。そう、もてない訳ではない。
理想が高い訳ではない。もちろん男が好きな訳でもない。
高二の時に初恋を経験した。フルートを吹いていた栞里《しおり》ちゃんという清楚なイメージの女の子だった。しかしある日突然親友の裕馬が僕に言ったのだ。
『俺さあ、栞里ちゃんの事好きなんたよね』と。
建設中のビルから鉄筋が僕の頭に落ちてきた程の衝撃を受けた。僕の中に『栞里ちゃんの事は諦める』以外の選択肢はなかったのだ。
再び目を閉じる。栞里ちゃんの姿が夢の中の少女の姿へと移り変わっていく。そして眠りに就いた。
しかし少女の夢を見る事なく僕は朝をむかえてしまった。
「お兄ちゃん、元気ないね。大好きなキャンプに行く朝とは思えないぞ」
「あ、わりい。そんなふうに見えたか。大丈夫、ちょーわくわくだから」
「ならいいけど」
僕たちが行ったキャンプ場は湖畔に位置している。小さな頃は何度もここに来ていた。
キャンプ場に隣接した大広場には、遊具もあり、アスレチックもある。我が家がこのキャンプ場のリピーターになったのは、両親にとって『僕と妹が楽しく遊んでいる姿が楽しそうで嬉しかったから』らしい。
僕たち兄妹が小学生になってからは毎年『行った事のないキャンプ場』に行くようになった。『新規開拓』も楽しみの一つとなったのだ。
十五年ぶりに訪れたオートキャンプ場。なんとなくではあるけれど、景色は覚えている。
「あの林を抜ければ湖があるよな。結菜、行ってみようぜ」
父が汗を流しながらテントを建てているにも関わらず、手伝いもせず妹を誘って駆け出した。
「わー! お兄ちゃん、懐かしいね」
確かに懐かしい。けれどその景色は魔法の薬でもかけられたかのように、十五年前より小さく見えた。
あんなに大きかったはずのブランコやジャングルジムも、手が届かなかったはずのアスレチックのスタート台も全てが小さく見えた。
子供の頃を思い出し、結菜とひとしきり遊んでテントサイトへ戻ると母さんが怒鳴っていた。
理由は単純。父さんが母さんに内緒で九万円もする新しいテントを購入していたのだ。
元々父さんのキャンプ好きの影響でキャンプにハマった我が家である。
父さんは去年まで使っていたテントの「雨漏り」を含む限界を訴え、新調したコールマンの利便性を強調し、母さんを納得させた。
最新のテントは快適だった。家族全員がシュラフに身を包んでからは新しいテントに満足そうに母さんが呟いた。
「パパ、素敵なテントね。ありがとう」
父さんの顔は満足そうにニヤけていた。
キャンプを終え、僕たちは東京の自宅へ戻っていった。
キャンプに行っている間も少女の夢を見る事はなかったのだ。
――もう逢えないのだろうか。
ゴールデンウィークも終わり、僕は日常の学生生活へと戻っていった。
結菜はA4サイズでプリントアウトされた『持って行く物リスト』を片手に着々と準備を進めている。僕と父はテント、タープ、シュラフ、テーブルと、重い物や嵩張る荷物をガレージへと運び出す。
ある程度準備を終えると、朝早く出発するため全員が早めに床に就いた。
部屋に入るとカーテンを閉め灯りを消した。
そしてふかふかの布団に潜り込み目を閉じる。
脳裏を過ったのは――夢の中の少女――であった。
今日も逢えるのだろうか。もしも逢えたなら……。
そうだ。訊いてみよう。歳とか名前とか。あと、住んでる場所とかも訊いてみたい。
そんな事を考えているうちに睡魔が襲いかかってきた。
――逢えますように。
意識が少しずつ遠のいていく。と、
――ガチャ。
少女なのか? 今日もまた君に……。
「お兄ちゃん! 思い出した!」
それはファンタジーの世界ではなく現実だった。
「なんだよ、お前かよ」
期待した僕が馬鹿だったのかもしれない。がっかりして肩を落とした。
「お前で悪かったわね! それより私、思い出したのよ。ウフフッ」
いたずらでも思い付いた少年のように悪い顔をしている。嫌な予感しかしなかった。
「思い出したって、何を?」
そう面倒くさそうに対応した。
「質問。『お兄ちゃん、彼女はできたの?』っていう質問」
「思い出せて良かったね。すっきりしたでしょ? じゃあおやすみー」
僕は頭に布団を被せ潜り込んだ。
「そうじゃなくて、その質問の答えが訊きたいの! 黙ってるって事はまだできてないんでしょ。お兄ちゃんは背も高いし顔は整ってるし、何で彼女の一人や二人できないかなあ」
「うっせー。ほっとけ。ていうか、俺たち双子なんだからさあ、私も整った顔で綺麗よって遠回しに自慢げな顔してんじゃねえよ」
結菜はぺろりと舌を出して微笑んだ。
「片思い中の子くらいはいるでしょ?」
「え? 片思いって?」
「両思いじゃない方の事よ」
「わかってるよ、そんな事。今は音楽に集中したいの! 早く自分の部屋に帰れ」
「名前かなあ。お兄ちゃんの名前でみんな引いちゃうのかもね。可愛そうに。じゃあ寝るね。おやすみー」
結菜は言いたい事だけ言って戻っていった。
「ったく!」
確かに彼女いない歴は二十一年。そんな不名誉な記録を日々絶賛更新中である。僕の名誉の為に言っておくが、もてない訳ではない。何度も告白された事はある。大切な事なのでもう一度言っておく。そう、もてない訳ではない。
理想が高い訳ではない。もちろん男が好きな訳でもない。
高二の時に初恋を経験した。フルートを吹いていた栞里《しおり》ちゃんという清楚なイメージの女の子だった。しかしある日突然親友の裕馬が僕に言ったのだ。
『俺さあ、栞里ちゃんの事好きなんたよね』と。
建設中のビルから鉄筋が僕の頭に落ちてきた程の衝撃を受けた。僕の中に『栞里ちゃんの事は諦める』以外の選択肢はなかったのだ。
再び目を閉じる。栞里ちゃんの姿が夢の中の少女の姿へと移り変わっていく。そして眠りに就いた。
しかし少女の夢を見る事なく僕は朝をむかえてしまった。
「お兄ちゃん、元気ないね。大好きなキャンプに行く朝とは思えないぞ」
「あ、わりい。そんなふうに見えたか。大丈夫、ちょーわくわくだから」
「ならいいけど」
僕たちが行ったキャンプ場は湖畔に位置している。小さな頃は何度もここに来ていた。
キャンプ場に隣接した大広場には、遊具もあり、アスレチックもある。我が家がこのキャンプ場のリピーターになったのは、両親にとって『僕と妹が楽しく遊んでいる姿が楽しそうで嬉しかったから』らしい。
僕たち兄妹が小学生になってからは毎年『行った事のないキャンプ場』に行くようになった。『新規開拓』も楽しみの一つとなったのだ。
十五年ぶりに訪れたオートキャンプ場。なんとなくではあるけれど、景色は覚えている。
「あの林を抜ければ湖があるよな。結菜、行ってみようぜ」
父が汗を流しながらテントを建てているにも関わらず、手伝いもせず妹を誘って駆け出した。
「わー! お兄ちゃん、懐かしいね」
確かに懐かしい。けれどその景色は魔法の薬でもかけられたかのように、十五年前より小さく見えた。
あんなに大きかったはずのブランコやジャングルジムも、手が届かなかったはずのアスレチックのスタート台も全てが小さく見えた。
子供の頃を思い出し、結菜とひとしきり遊んでテントサイトへ戻ると母さんが怒鳴っていた。
理由は単純。父さんが母さんに内緒で九万円もする新しいテントを購入していたのだ。
元々父さんのキャンプ好きの影響でキャンプにハマった我が家である。
父さんは去年まで使っていたテントの「雨漏り」を含む限界を訴え、新調したコールマンの利便性を強調し、母さんを納得させた。
最新のテントは快適だった。家族全員がシュラフに身を包んでからは新しいテントに満足そうに母さんが呟いた。
「パパ、素敵なテントね。ありがとう」
父さんの顔は満足そうにニヤけていた。
キャンプを終え、僕たちは東京の自宅へ戻っていった。
キャンプに行っている間も少女の夢を見る事はなかったのだ。
――もう逢えないのだろうか。
ゴールデンウィークも終わり、僕は日常の学生生活へと戻っていった。