男嫌いな女王様とクールな臣下
「大丈夫か?」
待たせておいた社用車の後部座席に乗り込み、榎田が隣に座って、車内のわずかな明かりでどこかに傷を作っていないか、朱音の体を丹念に調べた。
榎田も、朱音が中学生だった頃から彼女のことを知っている。
榎田は30代後半。
榎田は、年の離れた妹のように朱音を扱う。
彼の仕事は、堀田土地開発の顧問弁護士として、朱音を支えてる。
体の隅々まで丁寧に調べるのは、弁護士として、あるいは兄として身内を心配してるという立場からしている。
自分に対する、恋愛感情からではないと朱音は思ってる。
榎田は、子供のころからよく知っている兄のような存在だ。
榎田を、朱音に引き合わせたのは亡くなった祖父だった。
家庭教師と教え子の中学生。
そうして出会った二人だけれども、それ以上発展しないで大きくなってしまった。
「何ともなさそうだね」ポンとおでこを叩いて榎田が言う。
「うん」
朱音の浮かない顔を見て、何か心配事でもあるのだろうと榎田は思った。。
「何かあったのか?」
榎田が、心配して尋ねる。
目につくような傷はなかったから、一度は彼も安心した。
けれど、そばについてなきゃいけない影山のような人間が、もうろくしてきたのか、まるで役に立たなくなってきている。
早急に何とかしなければならない問題だと、榎田は、思うようになってきた。
「大丈夫だって、榎田さん。ちょっと考え事」
朱音は、身うちも同然の影山のことを、絶対に悪く言わない。
自分の親も同然な老人のことを、顧問弁護士に愚痴るわけには行かないだろう。
榎田は、朱音を先回りして言う。
「電話でひどく慌ててたな、影山は」
「そう」
「ああ、そろそろそばに置くのは限界なんじゃないか?」
心配してたことを言葉にされてしまった。
朱音は、ため息をつく。
「大丈夫だよ。元気だし。よく働いてくれてるし」
「朱音、わかってると思うけど。俺は老人の心配をしてるんじゃない」
「うん」